私に還る(かえる)

私は毎日日記を書くような女の子ではありませんでした。


ツインレイと言う言葉を追いかけはじめると、私は何か別人になって、何かを成さなければならないのかと感じていました。
でも、何をどうしても最終的に私でした。
だからダメなのだろうか? 何か間違っているのだろうか?
悲しんでしまった日々もあります。
だって、私にはそれしかないのです。


貴方は出遭った(であった)時点で私を認めて下さいました。
だから、私は私でよかったのです。過去を否定する必要はありませんでした。

でも、あの頃の私は何か、自分を追い詰めるように生きていたのも事実です。
なんだか死にたかったのです。ただ、死ぬ訳にはいきません。二十歳のころ一度、死ぬか生きるかの選択をしたのです。そして、私は生きると決めたのです。
しかし、日々の生活や心が整っていたかと言うとそうでもありません。
問題はありました。
その中で、よりよく生きたい。と言う気持ちもありました。


貴方は私に息の仕方を教えて下さったのだ、と思います。
私は貴方と連絡が取れなくなって、1人で生きていこうと決めました。だって、貴方がどこかで、見ていて下さるような気がしたのです。
だから万が一、次に会った時(それがあるないの問題ではなく、その時の私の気持ちです)、貴方が認めてくれた私が、悲しみに暮れていたらおかしいのです。

私が貴方に本気で甘えてはじまったわがままは誰にも言えません。
だって、それは私と貴方だから通じることです。

そして、私はそこまで人に甘えられたのです。私が現実に必要なことは、誰かに伝わるかもしれない。
私は誰かに、甘えてみることにしました。もちろん、技術には言い値でお金を払います。
できすぎか、と言うほどにうまくいき、もっとないのか? となぜだか私のわがままはおかわりを要求されるに至りました。
また、機会があればそこに伺いたいな。と思います。

私は自分の決断を、もう一度信じられるようになりました。


生活を整える機会にも恵まれました。
捨てようかどうしようか悩んでいた物。こんなにいらないだろうと見るたびにうんざりしていた物。
いつか必要になるのか? と思いながら場所を取っていた物。頂き物関係。
その辺は捨てました。すっきりしました。
でもちょっと大掃除はやりすぎました。「思いとどまれ」と言われた気がしてよかったです。
必要な物は買い直しました。

今はとても生活がしやすいです。まぁ、また散らかってきてもいます。完璧を求めるものではありません。
ちなみに、調子に乗って掃除機を買いましたが(なんと、我が家は箒で掃除をしていたのです)、あまり出番がありません。
やっぱりコロコロでコロコロするのが楽です。……まぁ、休みの日にでも活用します。たぶん。


名前を見ても誰だかわからない人や、こっちから連絡しないし、向こうからも来ない。と言うアドレスは全部消しました。
同じくデータで取っておけるからと永遠に増え続ける履歴、写真、メール、過去のブログやHP、etc…も消しました。なんならパスワードまで変えました。
消したデータでバックアップが出てきた分はセーフとします。

人間関係は清算されてすっきりです。それがはじまってから知り合った人たちと新しい連絡先を交換して、増えはじめました。
そしてなぜ? と思う人から連絡がきます(アドレス消しているんで、どちら様ですか? と聞きます)。


友達もできました。
私は自分の心の話ができる友達が欲しかったのです。
それはお金の関係では絶対にできなかった友達です。
私が、自分を進ませた先で、最高の友達となりました。
同時に、私は「女友達より彼氏を優先させる女になりたい」のです。
彼女たちとは今、連絡を取っていません。
大丈夫です。彼女たちと今後どうなるのかは、“約束”が知っています。


私は貴方に認めてもらって、ずっと向き合えなかった事柄と向き合うこともできました。
自分の奥底にあるモノと、その気持ちです。いくつかあるようですが、ここで全部は述べません。

母とはたまに連絡を取ります。離婚しているので戸籍上は他人ですが、母と娘と言う関係には変わりありません。
私は、「自分に母親がいる、と認められる」事が、とてもうれしいのです。

私はずっと死にたかったですが、もう死ぬ必要はありません。貴方がどこかにいるこの世界で、生きていたいと思えるようになりました。
……先のことは現状述べられませんので、こういう表現になります。


私は「ツインレイ」と言う言葉を追いかけると決める前の、それを知らず生きていた自分が羨ましかったのです。
なんだか自由ではありませんか?
何かの言葉に振り回されることなく、自分を生きているその自分が。
特に、最後のひと月、貴方の愛に押されて過去を辿る旅に出た私は最高にかわいすぎます(その時ツインレイと言う言葉は知っていましたが、私には関係ないと思っていたのです)。

「ツインレイ」に進むと決める前と後では、私は別人のようでした。
でも、私が、私に還ると決めた時、その「最後のひと月の私」が帰ってきました。
おかえり。

それは得意なことは何? と聞かれると困る私です。
何が好きで何が得意か。私は自分を自分で確定し、存在を固定するのは嫌いなのです。だからそう言う言葉で説明したくありません。
でも、苦にならないこともあります。
食べるのが好きで、たまにお菓子を作ったり。
急にちょっとこだわって料理をすることはあれども、毎日はだいたいだったり。
あとは自分を着飾る方向ですかね……(これはクレームの宛先を探しています保留とします)。
まぁほかにもあるのでしょう。私が私のために、ちょっと行動できること。それは苦にはならないこと。
掃除は好きではありませんが、ここはきれいなほうがいいな。と思えばやります。毎日するとなると嫌になるので、気の向いた時に。

私が私のために、ちょっと私を楽しませるために行動できる私。
そんな私が返ってきました。


やっぱりずっと、私は私でした。
同時に、どこかで私は自分をないがしろにしていました。
「そんなこと言ったら嫌われる」と思って、できなかったこと。でもしてみたい。
それを平然として平気で生きている人間もいるのに、なぜ、私はそれができないのだろうか?
今なら、やってもいいんじゃないか?
そう思えるに至ったのは、貴方の愛がそこにあったからです。
まぁだーいぶ、葛藤しました。まぁまぁちょっと、泣き暮らしただけです。大丈夫。


「ツインレイ」を知る前の私。

「ツインレイ」を知った後の私。

今はもう、すべて、私なのです。

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